記事「哲学」 の 検索結果 6169 件
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隠れたところでわたしを見る神 ニーチェ対デリダ2(承前) デリダはこう言っている。マタイ伝6-6の「隠れたところで見ておられる父は……」(共同訳)を註釈して語っているところにおいてである。(ちなみに邦訳『死を与える』ちくま文庫p.186の「i..
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距離のパトス ニーチェ対デリダ1(承前) われわれはここでひとつニーチェを紹介しておかなければならない。「距離のパトス」(Pathos der Distanz)。この概念である。われわれは「距離」の感情をもって関係し合うのであ..
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Tout autre n'est pas tout autre すべての他者がまったき他者なわけではTout autre n'est pas tout autre. すべての他者がまったき他者なわけではない (他幾つかの解が可能)。 この定式をジャック・デリダ(Jacques Derrid..
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「きみたち」(lasst !):ニーチェの代名詞の技法 (ツァラ・ゼミ 7)今日(2008/1/11)の授業で初めて気がついたことがある。思想としてさほど重要なことではないのだが。テクニックとして、技法として、やはり見逃せない。 それは"nun lasst uns ..
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三上寛の祖父語り 思考とテクスト 『津軽学』 3号『津軽学』3号には三上寛のエッセイが載っている。「『想い続け』て津軽。」という変わったタイトルだ。「ふるさと」について語ったものだが、わたしはとりわけその祖父についての語りに感嘆した。は..
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ニーチェ論の余白に子供たちに時には美味しいものを食べさせてやりたい。わたしにはこれが非常に大きな喜びだ。そして肉は美味しい。旧石器時代の男たちもそういう喜びを感じながら獣を捕え、倒していたのだろう。 そのことを..
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佐藤真さんの『サイード(Out of Place)』を観た [追悼]佐藤真さんの『サイード(Out of Place)』を観た。 土地にすっかり根づいてしまってはいけない。また、根なし草になってもいけない。そういうメッセージと理解してよいのだろうか? あるい..
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シュトックハウゼン 音楽の「大道無門」わたしの家に上司永慶の「大道無門」の軸がある。東大寺の別当をされていたときに書かれたものだ。抽選だったのだが運良く手に入れることができた。 字の意味は、どんな方途をとっても仏道の究極に達する..
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いきなり超人 (ツァラ・ゼミ 6)今回は少し飛んで序説の3の方を見てみよう。とはいえとりあえず序説の2が「この年老いた聖者は自分の森の中にいてまだそのことについて何も聞いていないのだ、つまり神が死んでいるということについて」とい..
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「ツァラトゥストラ」と「あなた」 (ツァラ・ゼミ 5)『ツァラトゥストラはこう言った』の序説2でわたしが悩むのは人称代名詞の問題だ。こんな悩みは並外れていて、どうにも共感しにくいものかもしれないが、『ツァラトゥストラ』を舐めるように読んでゆくと、ど..
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ツァラトゥストラは変身し…… テキストの紹介 (ツァラ・ゼミ 4)『ツァラトゥストラはこう言った』の序説の2でニーチェがツァラトゥストラの「変身」について語っているところのテキストを紹介しておきます。 >Verwandelt ist Zarathustr..
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ツァラトゥストラは子どもになった 交流とは変身すること? (ツァラ・ゼミ 3)交流というのは、結局のところ、国際交流も、動物や植物との交流もふくめて、相手にむかって、成ること(werden, devenir)、変身すること(sich verwandeln)、ではないのか? ..