記事「哲学」 の 検索結果 6169 件
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物の<知覚>と物の<意味>は兄弟_(2)前記事は分かり難かったですね。「Aは物(実在物)の『知覚』と呼ばれるもの」「Bはそこに付きまとう概念的なものの"直観"」であり、「<意識>の恣意性にとって彼岸」ということでした。つまり簡単に言うと意識..
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物の<知覚>と物の<意味>は兄弟_(1)常識的には、物の<知覚>は(物が実在物であるため)<意識>の在り様に関係無く<意識>に現われ、物の<意味>は(抽象物であるため)<意識>によって事物に賦与されたものと考えます。 しかし、フッサールは..
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知覚直観は本質直観なしにやっていけない<知覚>直観は<意識>の自由にならないものとして議論してきましたが、もう少し突っ込んでみましょう。 赤いリンゴを見ているという個的(な知覚)経験において、何度確かめてもそれは一つの赤いリンゴであると..
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本質直観_(4)_「頭が硬い」と「石ころが硬い」「あいつの頭は硬いよ」という誰かの判断は解釈だから他の解釈も成立します。しかし「石は木やガラスより硬い」という判断は、解釈と言えるのだろうか?ということについて検討します。 人間には 「一定の情..
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本質直観_(3)_「主客との比較」客観主義的な「~とは何か」と現象学的な「~とは何か」の違いについて例を上げます。 1.<知覚>とは何か △外在的"客観"として <知覚>とは、感官組織に生じる刺激、その伝達、それら..
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本質直観(本質観取)_(2)「事実(個物)」と「本質」の区別で大事な点と「世界像」のランクについて見ていきます。 まず、「事実(個物)」と「本質」の区別で大事な点を三つほど上げます。 1.どんな「経験的もしくは個的直観」..
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本質直観(本質観取)_(1)知覚直観までは、何となく分かったのですが、ここが掴みにくいので、ゆっくり考えてみたいと思います。 フッサールは知覚直観と並べて「本質直観」なるものにほぼ同じ権利を与えています。 では本質直観とはな..
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知覚直観_(2)前記事では、「こうして起源さがしは循環する→大元の元素はどこにも特定できないことになる」と結論しましたが、フッサールの発想はそもそも「認識の"元素"を確定する」ことではないのです。<知覚>は認識という..
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知覚直観_(1)「原的に与える働きをする直観」の一つが「知覚直観」ですが、これについて考えます。 直接判断はこれ以上疑えない「確信」だと言いましたが、哲学者はさらにこれを疑うことができますね。 (比喩でいうと、肉..
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原的に与える働きをする直観標題は日本語になっていないようです。訳語だから仕方無いですね。 フッサールは一切の認識、判断のいちばん底にその源泉となるものがあり、それは「原的に与える働きをする直観」だと言います。デカルトが<コギ..
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コギトに学ぶ_現象学的「還元」デカルトのコギトはご存知のように、いろいろ疑っていって、結局思考している我の存在は疑えないということが分かったということですね。しかし、<主観/客観>図式に囚われているため、主観/客観の一致を神に求め..
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「主観と客観」あるいは「認識と対象」前記事に紹介したレジュメによると、この問題をどう解明するか、これが現象学の第一の課題であるとのことです。 近代哲学の根本問題だというわけですが、「現象学入門」(竹田青嗣著_NHKブックス)という本で..