記事「宮城県」 の 検索結果 5079 件
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984 仙代崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)次は「がんばろう」「がんぱっぺ」南三陸町最後の岬はまたしても失敗北の沢の峠の上の家は、横長の大きな二階建ての家で、目の錯覚か真ん中で少し折れ傾いているようにも見えたが、それを質す間も与えず、その人が話してくれたところでは、平成の森を出た町民バスは西北のほうを回っ..
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983 末の崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)昔からの字地名が通じなくなるとは世も末?とまでいうのは極論だが…なるほど。神社の脇から上り始めてしばらく歩くと、道はすぐ下りになった。未舗装の狭い道は、畑に向かう軽四輪などのために設けられたものであろう。どんどん下って、いったんまた浜に出る。そこからまた、改めて..
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982 松崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)タクシーと災害臨時バスで館浜〜石浜間を往復する途中にある電子国土にはその地名表記はないのだが、Mapionでは長須賀海水浴場としている浜の奥は、もともと低湿地帯だったようだ。そこらには大沼という字地名があり、小さな池と細流が電子国土にも示されている。 タ..
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981 歌津崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)神社マークも灯台マークも揃っている細長い岬は雨の浜からの遠望で葛西氏の出城が、この半島で最も大きな歌津崎ではなく、伊里前湾の内側の小さな館崎のほうに置かれたのは、主要街道からは遠く、容易に袋のネズミ状態に追い込まれやすいという、地勢的な条件があったのだろう。あ..
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980 館崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)ホンモノの館崎を確認せぬまま過ぎまだまだ修業が足りぬ岬めぐり岬めぐりの修業もまだまだ至らぬことを露呈してしまった、まったくのとんだ大失敗だが、そのツケをモロにかぶってしまったのは、館崎のほうであった。館崎とばかり思っていた場所が館崎ではなかったわけで、そのた..
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979 弁天崎・小名崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)“失敗の本質”にあえて目を向けてその原因を究明してみなければリアス式海岸はとくにそうだが、他の地域でも、岬と入江の大きな凸(でこ)と凹(ぼこ)が連続するところは、岬めぐりの難所であるといえる。その理由は、公共交通機関が通るメインの道路や鉄道から、遠く離れてし..
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978 琵琶崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)公共交通機関で日本全国沿岸の岬をめぐるというのは存外にむずかしいときおり、ぶちぶちと言い訳めいたことを書いているが、公共交通機関で日本全国沿岸の岬をめぐるというのは、存外にむずかしい。自家用車やレンタカーでころころ回るほうが、はるかに簡単である。というのも、その..
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977 荒砥崎=本吉郡南三陸町志津川(宮城県)大森崎から2.6キロの東に飛び出ている岬も津波をかぶったはず「荒砥」というのは、本来日本刀の整形や荒研ぎに用いられる砥石やその行為をいうらしい。日本刀の研磨からしてかなり特殊なもののようだが、それらとこの岬の名前が関係あるのかないのかもわからない。 ここでは..
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976 伏房崎=本吉郡南三陸町志津川(宮城県)国体のバレーボール会場として建てられたベイサイドアリーナが…伏房崎(ふすぼうざき)は、“はまゆり大橋”と名付けられた大森崎の上に架けられた道路橋の上から眺められる。 「ノ」の字のように細くなって撥ねた先が岩礁になっていて、それを利用したような人工物らしい点々..
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975 大森崎=本吉郡南三陸町志津川(宮城県)志津川の町並みもなくなってしまい鉄骨だけになった防災庁舎が…大森崎とは、志津川の町の中心があったところの東に張り出した、大森の低い山の南端をいう。最高点でも100メートルに満たない山が終わるところには岩礁があり、その先で荒島(あれしま)につながっている。 大..
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974 弁天崎=本吉郡南三陸町志津川(宮城県)志津川湾の真ん中に90度に飛び出た岬の上には弁天社と観光ホテル壊れたままの水門が残る折立川の河口を過ぎて、志津川湾に沿って進む国道45号線の途中から、南三陸も戸倉から志津川に入る。弁天崎は、この沿岸の中間で90度に飛び出した、比較的目立っている岬である。 目立..
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973 松崎=本吉郡南三陸町戸倉(宮城県)東北新幹線の仙台や古川から南三陸町戸倉までやってくるのも簡単ではない神割崎の灯台のある大きな出っ張りの下にある松島と名のある岩島から、ほぼ9キロ近く西へ移動したところにあるのが松崎である。この9キロの間にも、リアス式海岸の特徴である細かなでこぼこが連続する海岸線には..