記事「日経新聞」 の 検索結果 2587 件
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(142~147)英国極東艦隊の鹿児島遠征は、敵に大きな打撃を与えたが、勝敗は不明のまま引き揚げたことになる。 実戦を通じて、近代的な兵器の底力と、彼我の海軍力の差を見せつけられた薩摩藩では、大久保一蔵(..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(136~141)第二章 2 龍馬や小二郎が海軍塾の神戸移転準備に忙殺されていた頃、六月二十二日、ユーリアラス号(二千三百七十一トン、砲三十五門)を旗艦とする七隻の軍艦で編成された英国極東艦隊が鹿児島に向けて横..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(131~135)望月たちは帯刀していた。 「授業中だぞ。しかも教室では刀は禁止だ」 と小二郎は購読を止めて、鋭い声を発した。 「分かっとる。伊達、おぬしの言動を見てると、尊王思想は余りにも足りない。..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(125~130)五月九日、幕府は、引き延ばして来た生麦事件に関わる英国政府への賠償金十一万ポンドを支払った。天皇に約束した攘夷実行の前日である。 しかし、幕府は不思議な行動に出ている。賠償金支..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(119~124)「美山の庄屋数藤善兵衛殿を訪ねるのだ」 海舟は、美山村出身者から教えられた道順を小二郎に伝えた。 「日没までに着けるか?」 小二郎は頷いた。 「桂さまは私に会って下さるでしょうか?..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(113~118)「横浜港閉鎖問題や生麦事件の解決に効果的な手を打てない幕府に対して、英仏米蘭四国の艦隊は、結束して大坂湾に乗り込み、朝廷と直談判に及ぼうとしている。この状況を如何お考えか」 海舟が答える。..
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日経新聞電子版の記事が月1本しか読めなくなったオーツは、日経新聞 電子版の無料会員(正式には何というのでしょう)になっています。 平日は毎日3回、土日祝日は1日1回(朝)、日経ニュースメールが届きます。これは、電子版のトップ記事など主要なニ..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(107~112)父宗広は、腕組みしたまま沈黙を守っている。宗興は苛立たしげな視線を弟に向けた。 「勝海舟様はともかく、坂本龍馬など土佐脱藩の浪士、大言壮語するだけの風来坊ではないか」 「宗興、言葉が過ぎ..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(101~106)城下より十里以遠に所払いとなり、雪の中の藁束塚に潜り込んで眠った初穂も、今は十五歳、適齢期を迎えている。 「伊達宗広様のお住まいでしょうか」 「はい、さようですが……」 「兄さまはおら..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(89~94)第二章 1 お亮どの (明治十二年十月十日) 相認めまする。 火事一件、さぞや御心配をお掛け申したことと存じ候。放置新聞にて山形監獄火災、囚人多数焼死、陸奥宗光含まれしなど報じられ..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(86~88)ウィリスとサトウは、いとまを告げる際、ノイバラの繁みを指し、小二郎が教えた学名を口にして、是非花が見たいと言った。 「来年、五、六月にはたっぷり楽しめますよ。そうだ、株を分けてあげよう。御..
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『陥穽 陸奥宗光の青春』(80~85)革命による体制の崩壊を防ごうと、幕府が取った彌縫策の一つが「和宮降嫁」だった。二十五日間にわたる長い旅路を終えた和宮は、十二月十一日、江戸城で十四代将軍家茂と対面した。婚儀は翌文久二年二月十..