記事「日経新聞」 の 検索結果 2588 件
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『等伯』(176)外でにぎやかな足音がして久蔵が入ってきた。信春に似て背が高く、大人にひけを取らなかった。 「父上、母さま、ただ今戻りました」 久蔵は静子の前に木箱をおいた。 「何ですか。これは」 「こ..
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『等伯』(175)「お前に心配をかけまいとして、わざと生意気なことを言っているのだ」 「そういえば、あなたが長谷川家に来て下さったのも、ちょうど久蔵くらいの歳でしたね」 「十一だった」 「さらわれた子供のよう..
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『等伯』(174)信春は日堯の尊像とは反対向きに描いたり、大和絵の手法を用いて行き詰まりを打開しようとしたが、気の乗らない筆は力なく画紙の上をさまようばかりだった。 ふすまの向こうから静子の咳が聞こえた。..
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『等伯』(172&173)妙国寺にはこんな伝説がある。 信長は安土城の築城に際して、広普山妙国寺の境内の大蘇鉄を城内に移築した。ところが蘇鉄が堺を恋しがり、妙国寺に帰りたいと夜毎に泣く。 腹を立てた信長は、刀をつかん..
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『等伯』(171)尾張の津島、熱田は伊勢海運の拠点だった。 父信秀から二つの港の支配権を受け継いだ信長は、徹底して流通路の掌握をめざした。港を押さえれば津料(港湾利用税)や関銭(関税)を徴収できるからだ。 ..
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『韃靼の馬』の単行本が発売今日(7月14日)の日経新聞朝刊に、『韃靼の馬』の単行本の広告が載っていました。 日経朝刊 連載時から 話題騒然! 壮大なスケールで贈る一大冒険ロマン! 18世紀、..
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『等伯』(170)他にも許由と巣父の故事を描いた部屋や、金泥ばかりで絵のない七畳間もあった。 絵のない質素な部屋もあり、「小屋の段」と呼んだという。次の六・七階の壮麗さを際立たせるための演出だった。 こ..
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『等伯』(169)《第五章 遠い故郷》 上京焼討ちから六年───。 天正七年(1579)の年明け早々、織田信長は安土城の天守閣を完成させた。 信長の居室だった十二畳の間には、永徳が描いた水墨画と金..
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『等伯』(168)「静まれ。狼藉はあいならぬ。住人の殺生は禁じられておる。丸腰の者を相手に何をしておるのじゃ」 「我らは織田信忠さまの手の者でござる。子細あってのことゆえ、お口出しは無用に願いたい」 「ご嫡男信..
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『等伯』(166&167)「父上、寒い」 久蔵の額に手を当てるとひどい熱があった。 「まあ、大変」 「もう少しの辛抱だ。大徳寺に着けば薬がもらえる」 信春は反対の路地を抜けて通りに出た。 「あれだ。逃がす..
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『等伯』(165)西からも炎の壁が迫っていた。東西から火を放ち、次に南北を閉ざして逃げ道を封じるつもりらしい。 風は南西から吹いている。逃げるなら南である。だが南に向かうには、二条御所を包囲した信長軍の横..
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江戸川区がメールで節電を呼びかける取り組みを開始本日(7月7日)日経新聞朝刊に、↓こういう記事がありました。 《 電力供給逼迫時 節電要請メール 江戸川区、区民向け 東京都江戸川区は電力供給が逼迫した際にメールなどで区民..