記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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手玉石・袂石鎌倉市坂ノ下に鎮座する御霊神社の境内にある二つの大きな石。 これは鎌倉権五郎景政が手玉にとって袂に入れたと伝わる石で、右の袂石が約60kg、左の手玉石が約105kgあるそうです。
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弓立の松鎌倉の御霊神社(鎌倉権五郎神社)の境内に「弓立の松」があります。 鎌倉権五郎景政は平安時代後期にこの地方を開拓した武士で、 景政が領地を見回る際に弓を立て掛けた松と伝えられています。
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極楽寺坂極楽寺方面から由比ヶ浜に通じる切通しで鎌倉七口の一つ。鎌倉時代の後半に極楽寺の実質的な開祖である真言律宗の僧・忍性が最初に切り開いたとのこと。新田義貞の鎌倉攻めの際には主戦場の一つとなりました。
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上杉憲方墓上杉憲方は南北朝時代から室町時代前期にかけての武将。関東管領だった人物で、応永元年(1394年)10月24日に60歳で死去。極楽寺駅近くに上杉憲方夫妻の墓と伝わる七層塔・五層塔があります。
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十一人塚稲村ケ崎駅近くにある新田義貞による鎌倉攻めの時の戦死者を葬った塚。 ここに葬られたのは新田方武将である大館宗氏以下11人とのことですが、 実際に11人が討ち死にをしたのは由比ヶ浜と云われているそうです..
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満福寺鎌倉の腰越にある寺で、源義経が腰越状を書いた寺として知られています。 元暦2年(1185年)5月24日、兄頼朝の怒りを買い、鎌倉入りを許されな かった義経は、切々と心情を綴った手紙をこの寺で書いたと伝..
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龍口寺神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の本山。文永8年(1271年)に日蓮が処刑されそうになりましたが、危うく難を逃れることが出来たと伝わる処に、後に弟子の日法が自作の日蓮像と首敷皮を置いたのが始..
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浄瀧寺横浜市神奈川区幸ケ谷にある日蓮宗のお寺で、山号は妙湖山。日蓮聖人に感服した妙湖尼が、自分の庵を法華経の道場にしたのが始まりとのこと。幕末の横浜開港時にはイギリス領事館に充てられました。
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成仏寺横浜市神奈川区にある浄土宗の寺院。山号は正覚山で院号は法雨院。横浜開港の際に本堂が外国人宣教師の宿舎になり、ヘボン博士、宣教師のブラウンやバラーなどが滞在したそうです。
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笠のぎ稲荷神社天慶年間(938年~947年)の草創と伝わる横浜市神奈川区東神奈川に鎮座する神社。蒙古の来襲の際には、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を神前に奉納して国家の安泰を祈ったとのことです。
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生麦事件碑文久2年(1862年)8月21日、騎乗の英国人4人が島津久光の行列を乱し、 行列の警護にあたっていた薩摩藩士が抜刀してこの4人に斬りつけました。 英国人リチャードソンが落馬してとどめを刺された現場近く..
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生麦事件現場文久2年(1862年)8月21日に起こった生麦事件の現場。島津藩主の父島津久光の400人の行列と騎乗の英国人4人がここで遭遇。行列を乱したとして薩摩藩士が英国人に斬りかかり1人を殺害しました。薩英戦争..