記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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ヘンリ・スペンサー・パーマー像ヘンリー・S・パーマーは日本初の近代的水道である横浜水道を完成させた英国陸軍の工兵少将。 明治18年(1885年)に来日し、道志川を水源として野毛山配水池に至る総延長48kmの横浜水道を2年に及ぶ工事..
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桜木町駅明治5年(1872年)、日本初の鉄道が開通した当時の横浜駅がこの駅。 その後、東海道線の延伸により「横浜駅」の名称は現在の横浜駅の ものとなり、この駅の名は「桜木町駅」と改められました。
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寺尾稲荷道道標横浜市鶴見区の鶴見神社の境内にある寺尾稲荷道道標の実物。現在の鶴見図書館の近くにある旧東海 道沿いの寺尾稲荷道道標は複製品で、 この実物が鶴見神社内に保存されています。
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富士塚(鶴見神社)富士塚は富士信仰に基づき、富士山に模して造営された人工の山や塚のこと。 江戸時代には一般的に「お富士さん」などと呼ばれ親しまれていたそうです。 横浜市鶴見区に鎮座する鶴見神社の境内にも富士塚が残されて..
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信楽茶屋跡信楽茶屋は東海道の立場として栄えた鶴見村の中で最も大きな茶店でした。 「江戸名所図絵」にも描かれ、竹皮に包んだ梅干が好評だったとのことです。 立場とは宿と宿との間の休憩場で、茶屋や売店が設けられていた..
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鶴見橋関門旧跡文久2年(1862年)の生麦事件後、幕府は攘夷派浪士の取り締まり強化のために、川崎宿から保土ケ谷宿の間に20か所の見張り番所を設置し、 鶴見橋(現鶴見川橋)には5番目の番所が設けられました。
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市場一里塚お江戸日本橋から5番目、つまり5里のところにあった一里塚。一里塚には 榎などの木が植えられ、木陰で旅人が休息を取れるような配慮があったそうです。また、 その樹木の根は塚の崩壊を防ぐ役割も持っていたとの..
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横浜熊野神社横浜市鶴見区の旧東海道沿いにある神社。社伝によれば、嵯峨天皇の御宇、紀州熊野別当尊慶の勧請とのこと。徳川家康が江戸入国の 際にこの神社に立ち寄り、天下泰平、国家安穏、武運長久を祈念したと伝わっているそ..
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慰霊塔(八丁畷)川崎市の京急八丁畷駅の直ぐ傍にある昭和9年(1934年)に建てられた慰霊塔。 八丁畷の付近では江戸時代から多くの人骨が発見されていますが、災害で 亡くなった身元不明の人々のものと思われ、ここに慰霊塔が..
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芭蕉句碑(川崎)京浜急行八丁畷駅のすぐ近くに建立されている、松尾芭蕉の句碑。 「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」川崎宿まで見送りにきた門人たちと最後の別れを交した時に詠んだ句です。
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川崎宿京入口跡東海道53次の2番目の宿場である川崎宿の京側の入り口。 宿場の京入口には切石を積んだ土居があり、ここに幕末、外国人遊歩区域となった川崎宿の外国人警護のための第一関門が設けられたそうです。
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いさご通り川崎市川崎区のJR川崎駅、或いは京急川崎駅からすぐ近くにある商店街。 徳川家光の時代に川崎宿が新設されましたが、その川崎宿の一部だった 砂子(いさご)は、現在は「街角ミュージック」などのイベントで賑わ..