記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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寿福寺鎌倉市扇ケ谷にある臨済宗建長寺派の寺院。開基は北条政子で開山は 栄西。この地は源義朝の屋敷があった所で、源頼朝も屋敷を構えようとした 場所です。境内には北条政子の墓、源実朝の墓と伝わるものがあります。..
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源実朝墓源実朝は源頼朝の四男で鎌倉幕府の第3代将軍。建保7年(1219年)1月、鶴岡八幡宮境内で甥の公暁によって暗殺されました。源実朝の墓とされるものが寿福寺境内、北条政子の墓のすぐ傍にあります。
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北条政子墓北条政子は北条時政の娘で源頼朝の妻。源頼朝亡き後は尼将軍として幕府 の実権を握り鎌倉幕府を指導しました。北条政子の墓は寿福寺の境内にあ り、すぐ傍には源実朝の墓もあります。
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太田道灌墓(鎌倉)鎌倉の源氏山公園から寿福寺に下る細道の脇にある太田道灌の墓。 ここは英勝寺の裏にもあたる処で、英勝寺は太田道灌の屋敷跡に、太田道灌 の末裔である徳川家康の側室であった英勝院が建立したお寺です。
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源頼朝像鎌倉市街地の西方にある源氏山公園内の源頼朝像。源頼朝は流人の身 から平家打倒の兵を挙げ、平家のみならず奥州藤原氏をも倒して、鎌倉 に幕府を開いた鎌倉幕府の初代征夷大将軍です。
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日野俊基墓日野俊基は鎌倉時代の末期に討幕運動で活発に活動した廷臣。正中の変で一度捕えられましたが、その時は処罰は免れました。しかし、元弘の変で再度捕縛され、鎌倉の 葛原岡で斬首となりました。
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平家池鎌倉の鶴岡八幡宮の境内には2つの池があり源平池と呼ばれていますが、 そのうちの一方の池が平家池。源氏池には「産」を表す3つの島を配置し、平家池には 「死」を示す4つの島を配置したと伝わっています。
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田中本陣跡東海道53次の2番目の宿場街であった川崎宿の本陣のあった場所。 本陣家の主人である田中休愚は、本陣、名主、問屋の三役を兼務し、 六郷の渡船権を譲り受けて、宿場の財政を立て直したと伝わっています。
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明治天皇六郷渡御碑六郷橋右岸下流側脇に建てられている明治天皇東京行幸の際の記念碑。 明治天皇が京都御所から江戸へと向かう際に多摩川を渡りましたが、 当時は橋がなく、23艘の船を横に並べて上に板を敷き渡御されたそうです。..
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頼朝寄進の鳥居江島神社の奥津宮の入口にある石の鳥居。 養和2年(1182年)、源頼朝は奥州の藤原秀衡を調伏するために岩屋に弁財天を勧請し、その際にこの鳥居を寄進したと伝わっています。
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モース記念碑江の島の弁天橋の袂にある米国人博物学者モースの記念碑。モース はわずか2年の滞日中に、江の島の臨海実験所の建設、近代動物学の導入、 日本動物学会の創設、大森貝塚の発見・発掘など、大きな功績を残しました..
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石垣山一夜城跡天正18年(1590年)に豊臣秀吉が小田原征伐の際に築城した城。秀吉はこの城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開き、また天皇の勅使を迎えたりもしました。現在は石垣山一夜城歴史公園になっています。..