記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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足利尊氏墓足利尊氏は室町幕府の初代征夷大将軍で、足利将軍家の祖。鎌倉公方足利基氏が父尊氏の菩提を弔うために建立したと伝えられる鎌倉の長寿寺に、足利尊氏の遺髪を埋めたと伝わる五輪塔があります。
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小動神社鎌倉市腰越の江ノ電腰越駅からすぐ近くの小動岬に鎮座する神社。源平合戦の際、佐々木盛綱が近江国の八王子宮を勧請したものと伝えられています。また元弘3年(1333年)には、新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願し..
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三浦一族の墓頼朝の墓東方の山腹にあるやぐらが三浦一族の墓所と伝えられています。有力御家人三浦氏は執権北条氏と対立して、宝治元年(1247年)の宝治合戦で敗れ、三浦一族と与党500余名は自刃して果てたとのことです。..
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島津忠久墓鎌倉の源頼朝の墓の裏手の山腹にある3つ並ぶやぐらの中の一つ。島津忠久は鎌倉幕府御家人で島津氏の祖。正式には惟宗忠久。島津家に伝わる史料では、忠久は頼朝の落胤(隠し子)となっているようです。
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毛利季光墓鎌倉の源頼朝の墓の裏手の山腹に並ぶ3つのやぐらの中の一つ。毛利季光は、鎌倉幕府の政所初代別当を務めた大江広元の4男で、父の所領のうち相模国毛利庄(厚木市)を相続し、毛利氏の祖となった人物です。
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源氏山公園「源氏山」の名は麓に源氏の屋敷があったからとする説が有力とのこと。後三年の役の折、奥州に向かう八幡太郎義家がここに源氏の白旗を立てて戦勝を祈願したことから「旗立山」の別名もあるそうです。
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大椿寺神奈川県三浦市にある「椿の御所」跡に建つ臨済宗妙心寺派のお寺。「椿の御所」は源頼朝の三崎三御所の一つで、頼朝はここに寵愛した妾を住まわせ、庭内は椿の花に埋もれる程であったそうです。
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三崎城跡三崎城は現在の神奈川県三浦市に存在していた城で、別名を三浦城とも。伝承によれば、鎌倉時代後期に相模三浦氏を興した佐原盛時の築城で、新井城と単一の城を構成していたとも考えられているそうです。
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本瑞寺平安以来の武家の名門三浦一族の菩提寺であり、源頼朝が三崎に建てた三御所の一つ「桜の御所」跡と伝わる処。源頼朝はこの地に桜を植えて、城ヶ島に植えた桜と合わせて桜を眺める観桜の宴を催したとのことです。
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頼朝手植えの公孫樹三浦市に鎮座する海南神社境内にある源頼朝の手植えと伝わる大銀杏。源頼朝が平氏打倒、源氏政権樹立の大願成就の記念とともに寄進したと伝わり、樹齢は800年で三浦市内で最も古い木とのことです。
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海南神社藤原資盈、資盈の后の盈渡姫、及び地主大神を祀る三浦市に鎮座する神社。三浦義明は氏神である当社参拝の折に「神事狐合」で源平の争覇を占い、白狐が勝ったために神意により源頼朝側に荷担したと伝えられています。..
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見桃寺三浦市にある元和2年(1616年)創建の臨済宗妙心寺派のお寺。源頼朝は三崎に3つの御所をつくったと伝わり、その頼朝が建てた三崎三御所のうちの「桃の御所」跡といわれる場所にあります。