記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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馬洗いの池(横浜市泉区)横浜市泉区の泉中央公園内にある 「馬洗いの池」と呼ばれている池。この公園付近は、鎌倉時代の武士である泉小次郎親衡の陣屋跡という言い伝えがあり、この池は泉小次郎親衡が馬を洗った池と云われています。
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滝前不動尊横浜市泉区和泉中央南、相鉄線いずみ中央駅からすぐ近くにある不動尊。泉小次郎親衡の伝承地の一つで、ここにはかつて、男滝と女滝があり、泉小次郎親衡が戦で流した血を滝の水で洗ったという話も伝わっています。
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神明社(横浜市泉区)横浜市泉区の相鉄線いずみ中央駅の近く、長後街道沿いに鎮座する神社。ご祭神は天照皇大神で、建暦2年(1212年)に泉小次郎親衡が当地に築城の折、鬼門除けの守護神として奉斎したと伝えられています。
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名越切通し鎌倉と三浦半島を結ぶ鎌倉時代の要路の一つで、鎌倉七口の一つ。現在は一般の交通路としては使用されておらず、曲がりくねった細い山道は、当時の様子を良く伝えているといわれています。
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小坪坂治承4年(1180年)、伊豆で挙兵した頼朝軍への合流が遅れた三浦一族の 軍勢と、同じく石橋山合戦に平家方として参戦しようとしていた畠山重忠の 軍勢が遭遇して合戦となった、「小坪合戦」が起こっ..
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波多野城址秦野市にある平安時代末から鎌倉時代にかけて活躍した波多野氏の城址。鎌倉の鶴岡八幡宮で暗殺された源実朝の首級を手に入れた武常晴は、波多野忠綱を頼り、 秦野の地に来て実朝の首を埋葬したと伝わっています。
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天養院三浦市初声町にある浄土宗のお寺で、本尊は行基作と伝わる薬師像。和田合戦のとき、負傷した和田義盛は痛さを感じませんでしたが、その時、この薬師像の顔や胸に傷ができ血潮が流れていたと云われています。
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和田義盛旧里碑三浦市初声町和田、国道134号線の和田交差点の近くにある和田義盛の本拠地屋敷跡と伝わる処。和田義盛は三浦一族の支流で和田の地を領地としたことから和田を名乗り、和田一族を起こしたとのことです。
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神明白旗神社三浦市初声町和田に鎮座し和田義盛をご祭神とする神社。和田義盛の死後、和田の村人達は自分達に尽くしてくれた義盛の恩に報いるため白旗神社を建て、義盛をご祭神として祀ったと伝わっています。
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小松ヶ池公園三浦市、京急久里浜線沿いにある「小松が池」を中心とした公園。この池は、昔、お松さんという働き者の嫁が無理な田植えの仕事をやらされましたが、田植えをやり終えた後、田んぼごと水にのまれてしまったという伝説..
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和田城跡三浦市初声町和田にある和田小太郎義盛の居城跡とされる処。和田義盛は16歳の秋に父・杉本義宗を亡くすと、鎌倉杉本城から三浦半島有数の穀倉地帯であった和田に移り、居館を築いたと伝わっています。
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白鷺池円覚寺の総門の前にあり、総門とこの池の間を横須賀線が通っています。円覚寺を開山した無学祖元が鎌倉に来た時、白鷺に姿を変えた鶴岡八幡宮のご神霊が道案内をして、この池に降り立ったという伝説があります。