記事「群馬」 の 検索結果 6002 件
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沼田城址北関東の要衝の地にあり、軍事上の重要拠点として諸勢力の争奪戦の的となった城。 後北条氏滅亡後は大坂夏の陣の頃までは真田氏の本拠地となっていまし たが、現在は沼田公園として整備され市民に親しまれています..
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真田信之・小松姫像群馬県沼田市の沼田城跡に建つ真田信之とその正妻である小松姫の像。 真田信之は真田昌幸の子、真田信繁の兄で、一時期沼田城主でした。 また、小松姫は本多忠勝の娘で才色兼備の女性だったと伝えられています。
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岩櫃城跡岩櫃城は、現在の群馬県吾妻郡東吾妻町、岩櫃山の東側にあった城。 武田氏がこの地域を支配するようになると、武田家郡代として真田氏が城主となり、吾妻郡支配の中心的役割を担うようになっていったそうです。
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富岡製糸場富岡製糸場は群馬県富岡に設立された日本初の本格的な器械製糸工場。 明治5年(1872年)の開業当時の製糸場、繭倉庫などが良好に保存され、 現在は世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産となってい..
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平井城址永享の乱の際、関東管領上杉氏の拠点となった城。天文21年(1552年) には、北条氏康の攻撃により落城。永禄3年(1560年)、長尾景虎により 奪還されましたが、後に廃城になりました。
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内藤塚群馬県高崎市箕郷町の善龍寺の南約200mの桑畑の中にある塚。 内藤修理が天正3年(1575年)の長篠の戦いで討死した後、子昌月が父の遺殻をここに葬り、昌月も天正16年(1588年)1月に逝去し、修理の..
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箕輪城跡箕輪城は現在の群馬県高崎市に戦国中期に築城された平山城。武田、上杉、北条等の戦国大名の争奪の対象となり、城主も入れ替わりました。 慶長3年(1958年)に廃城、現在は日本100名城の一つになっています..
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めがね橋群馬県安中市松井田町坂本にある鉄道橋で、正式名は碓氷第三橋梁。 碓氷川に架かる煉瓦造りの4連アーチ橋で、碓氷峠の代表的な建造物。 明治26年(1893年)に竣工、昭和38年(1963年)まで使用されて..
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虎姫観音堂群馬県庁の西側、利根川河畔にある六角形のお堂。厩橋城で酒井雅楽頭の身の回りの世話をしていたお虎という美しい娘が他の女中の嫉妬のために無残な死を遂げ、その霊を慰めるために建てられたとのことです。
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車橋門跡(前橋城)前橋城車橋門は、慶応3年(1867年)に復興された前橋城の渡りやぐら門の跡。当時、前橋城の外曲輪と内曲輪を結ぶ大手筋にあり、数ある城門の中でも特に重要な門であったとされています。
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前橋城跡前橋城は関東七名城の一つ。古くは厩橋城と呼ばれ箕輪城の支城として築城された石倉城がその始まりと云われています。現在は一部に当時の石垣を残すのみで、城としての面影は残っていません。
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正法寺群馬県太田市脇屋町にある高野山真言宗のお寺で山号は脇屋山。創建は延喜年間ですが、元弘年間(1331年~34年)には、新田義貞の弟である脇屋義助が寺領と大般若経600巻を寄進し自らの菩提寺としたそうです..