記事「鎌倉」 の 検索結果 13094 件
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松葉ヶ谷御小庵跡日蓮上人が建長5年(1253年)から文永8年(1271年)までの18年間、鎌倉における布教伝道の拠点としたとされる場所。日蓮上人が「立正安国論」を著し、また、松葉ヶ谷法難のあった処ともされていますが、..
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正岡子規歌碑(鎌倉)鎌倉の安国論寺に、正岡子規の「鎌倉の松葉が谷の道の辺に法を説きたる日蓮大菩薩」の歌碑があります。正岡子規は、明治20年(1888年)と明治26年(1893年)の2度、鎌倉を訪問。同寺にも足を運び、日蓮..
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南面窟鎌倉の安国論寺境内奥の裏山の山腹にある洞窟。念仏勢力の激しい反発を招いた日蓮上人は、文応元年(1260年)8月27日の夜、松葉ヶ谷の草庵が多数の念仏者によって襲撃されました。その際、白猿に導かれて最初..
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日郎上人荼毘所日朗上人は鎌倉時代の日蓮宗・法華宗の僧で、日蓮六老僧の一人。出家剃髪した場所で荼毘に伏して欲しいとの日朗上人の遺言により、元応2年(1320年)安国論寺にて荼毘に付されました。
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安国論寺長勝寺、妙法寺と並び、日蓮が鎌倉で布教した際の拠点となったお寺。境内には日蓮が立正安国論を執筆した岩穴(法窟)というのがありますが、その法窟の側に、弟子の日朗が安国論窟寺を建てたのが始まりとのことです..
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長勝寺鎌倉市にある日蓮宗の寺院で、山号は石井山。建長5年(1253年)に、日蓮に帰依した石井長勝が自邸に法華堂を立て日蓮に寄進したのが始まりと伝えられています。
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石清水井鎌倉市材木座の元八幡(由比若宮)のすぐ近くにある井戸。由比若宮は京の石清水八幡宮(石清水井が名の由来)を勧請したもので、おそらく京の石清水八幡宮にある石清水井にちなんだ名称だと思われます。
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由比若宮(元八幡)康平6年(1063年)に、源頼義が石清水八幡宮を勧請してできた神社で、鶴岡八幡宮はこの神社をここから移動させたものです。境内には、源義家が旗を立てたといわれる「旗立の松」も残っています。
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旗立の松(由比若宮)前九年の役が終息してから21年後、後三年の役が始まりました。奥州に向かう源義家が鎌倉に立ち寄り、由比若宮に戦勝を祈願しましたが、その際、源義家が旗を立てたとされる松の幹が由比若宮の境内に残されています..
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琵琶橋鎌倉若宮大路の下馬交差点のすぐ近くにある橋で、鎌倉十橋の一つ。橋の名の由来は、昔、この道筋に弁財天の祠があり、そのために道が琵琶のように曲がっていたという説と、弁財天の琵琶からとする説と、があるそうで..
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鎌倉駅旧駅舎時計台鎌倉駅は明治22年(1889年)の開業。大正5年(1916年)に2代目駅舎が落成して時計塔がつくられました。昭和59年(1984年)に国鉄の駅舎が現在のものに改築された際に、この2代目駅舎時計塔が駅西..
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神奈川県立大船フラワーセンター鎌倉市岡本にある総面積6万3900平方メートルの植物園で、昭和42年 (1967年)に神奈川県農業試験場の跡地に開設されました。命名権制に より、「日比谷花壇大船フラワーセンター」の愛称があります..