記事「鎌倉」 の 検索結果 13094 件
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洪鐘円覚寺境内、仏殿東方の石段を上った小高い場所にある大きな鐘で国宝。 北条貞時による寄進で、正安3年(1301年)、鋳物師物部国光の制作。 高さは2.6メートルを超え、「洪鐘」と書いて「おおがね」と..
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佛日庵円覚寺の開基である北条時宗の廟所で、開基廟とも呼ばれています。 北条時宗は、二度にわたる蒙古襲来という国難を退けましたが、その死後、 このお堂の下に遺体が安置され、ここを廟所としたと伝えられていま..
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円覚寺神奈川県の北鎌倉にある、鎌倉五山第2位の臨済宗の禅寺。正式名は、 瑞鹿山円覚興聖禅寺といい、開基は北条時宗、開山は無学祖元。境内 は広く、春には桜、秋には紅葉が美しく、参詣者の絶えないお寺です。
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鎌倉駅(江ノ電)藤沢と鎌倉の間を結ぶ江ノ島電鉄線の終着駅で、駅番号はEN15。 神奈川県下でも有数な観光地、古都鎌倉にある駅で、平成27年度の 1日平均乗降人員は23,987人で、同社の駅の中では第1位でした。
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御成通り鎌倉駅西口から南西に向かって伸びる、約300m程の長さの商店街。 現在の市役所、商工会議所、御成小学校、市立中央図書館のある一帯が 鎌倉御用邸だったことで、この付近は現在御成町という名称になってい..
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下馬橋鎌倉の下馬交差点の北西角に石の欄干のみがあります。当時、下馬橋 というのは3つあったそうでして、ここの下馬橋は「下の下馬橋」と呼ばれ ていて、一番南にあった下馬橋だったそうです。
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六地蔵和田塚から鎌倉駅方面に向かう途中の交差点にある、六体のお地蔵さま。 その昔、罪人は問注所で判決を受け、裁許橋を渡ってこの付近にあった刑 場で処刑されたそうですが、その霊を慰めるために祀られたそうで..
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主馬盛久頸座主馬盛久は平家に仕えてきた累代の武将で、壇ノ浦での平家滅亡後、 京都で捕えられ、鎌倉へ送られてきたました。しかし、由比ガ浜で処刑 されそうになったとき、役人の刀が折れ、許されたと伝わっています。
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御霊神社(坂ノ下)鎌倉市坂ノ下にある鎌倉権五郎景政を主祭神とする、通称鎌倉権五郎神社。 元々は、鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の5氏の霊を祀った神社、 ということから五霊神社、それが転じて、御霊神社となった..
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手玉石・袂石鎌倉市坂ノ下に鎮座する御霊神社の境内にある、二つの大きな石。 これは、鎌倉権五郎景政が手玉にとって袂に入れたと伝わる石で、 右の袂石が約60kg、左の手玉石が約105kgあるそうです。
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弓立の松鎌倉の御霊神社(鎌倉権五郎神社)の境内に「弓立の松」があります。 鎌倉権五郎景政は、平安時代後期にこの地方を開拓した武士で、 権五郎景政が領地を見回る際に弓を立て掛けた松と伝えられています。
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星月井極楽寺坂の上り口、虚空蔵堂の近くにある井戸で、鎌倉十井の一つ。 昼でもこの井戸の中に、星の影が見えたことからの命名と伝わっていて、 この井戸から出てきた光り輝く石が虚空蔵堂に祀られているとのことで..