記事「香川」 の 検索結果 6801 件
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三十六古戦場もとは松ヶ浦海岸と考えられるところで、白峰古戦場とも呼ばれています。正平17年(1362年)、南朝方の細川清氏は、白峰山麓高屋に兵を進めて北朝方の従兄弟でもある細川頼之の宇多津に対陣しました。しかし、..
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雲井御所跡崇徳上皇が国司庁の近くの鼓岡に移るまでの約3年間を過ごされた場所。上皇が都を懐かしがられ「ここもまた あらぬ雲井と なりにけり 空行く月の 影にまかせて」と詠まれた歌に因み雲井御所と呼ばれています。な..
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長命寺跡讃岐に配流となった崇徳上皇は、讃岐国府の役人であった綾高遠の館を改修して仮の御所とされたそうです。しかし、上皇の仮御所として自邸では不敬があると考えた綾高遠は上皇をすぐ傍の長命寺に移されたと伝えられて..
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崇徳天皇姫塚崇徳上皇が讃岐に配流中、上皇を気付かった綾高遠は、自らの娘である綾の局に上皇の身の回りの世話をするように命じたと伝えられています。やがて、上皇と綾の局との間に皇子と皇女が誕生しましたが、幼くして亡くな..
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国府印鑰明神遺跡国府とは奈良時代頃に全国の国ごとに置かれた役所のことで、香川県は当時は讃岐の国と呼ばれ国府は讃岐国府と呼ばれていました。この地は讃岐国府の印(国印)と鑰(鍵)の保管施設があったとと考えられている場所で..
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椀塚崇徳上皇は讃岐に配流となり、鼓岡の木ノ丸殿で6年間過ごされたのち、長寛2年(1164年)に崩御されました。木ノ丸殿跡から程近い所に上皇がご使用になっていた食器類を埋めたと伝わる塚があり、椀塚と呼ばれて..
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菊塚崇徳上皇が鼓岡木ノ丸御所で過ごされていたときに、国府役人の綾高遠の娘である綾の局との間に皇子と皇女が誕生しました。上皇はこの皇子を顕末と名付けられ、菊の紋をつけて綾高遠に賜り、綾家の跡継ぎにされたと伝..
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讃岐国府跡香川県坂出市府中町のかつて讃岐国の国府(国庁)があったとされている所。讃岐国司として任命されこの地を訪れた貴族の中には、学問の神様として知られる菅原道真もいて、道真は当地を詠んだ多くの漢詩を残したほか..
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擬古堂香川県坂出市の鼓岡神社は、崇徳上皇が崩御するまでの6年間を過ごされた木の丸殿のあった場所です。その鼓岡神社の境内にあるこの建物は、大正2年(1913年)崇徳天皇750年大祭を行った際の記念建造物で、木..
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鼓岡神社香川県坂出市に、ご祭神を崇徳上皇として鎮座する神社。この辺りは昔国司庁があり、文化の中心として栄えたところだったそうです。雲井御所からこの地に移られた崇徳上皇が、長寛2年8月に崩ぜられるまでの6年間、..
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崇徳上皇 歌碑坂出市の鼓岡神社の社殿に向かう石段の脇にある崇徳上皇の歌碑。 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ 崇徳院が宮中にいた頃につくった和歌のひとつで、百人一首第77番、「詞花..
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内裏泉崇徳上皇は雲井御所で3年間過ごされたあと、現在の坂出市府中町にある鼓ヶ岡の「木の丸殿」に移られました。崇徳上皇はこの鼓ヶ岡で6年間過ごされましたが、崇徳上皇が鼓ヶ岡に御滞在の時、この泉の水を飲用に使用..