記事「東京」 の 検索結果 67036 件
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芭蕉句碑(学習院大学構内)江戸時代、この地は富士見台と呼ばれていて富士見茶屋があった処で、その茶屋の傍らに文化7年(1810年)、雑司ケ谷の俳人金子直徳が 目にかゝる 時や殊更 五月富士の芭蕉の句碑を建てたとのこ..
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血洗いの池東京都豊島区目白の学習院大学構内にある元は湧水でできた用水池。赤穂浪士の1人の堀部安兵衛が「高田馬場の決闘」で叔父の仇を討った血刀をこの池で洗ったという伝説がありますが、その伝説は大正時代につくられた..
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八芳園東京都港区白金台にある1万2千坪の敷地内に広い庭園をもつ結婚式場。江戸時代には大久保忠教(彦左衛門)の屋敷で、その後薩摩藩の抱屋敷、島津氏(松平薩摩守)の下屋敷だったところです。
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近藤勇・土方歳三墓JR埼京線板橋駅東口近くに、近藤勇と土方歳三、永倉新八の墓があります。近藤勇は、慶応4年4月25日(1868年5月17日)、板橋の刑場で処刑され、土方歳三は、明治2年5月11日(1869年6月20日)..
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近藤勇像(板橋)下総国流山で投降した近藤勇の処遇については、土佐藩と薩摩藩との間で、対立が生じたそうですが、結局土佐藩が押し切り、慶応4年4月25日、中仙道板橋宿近くの板橋刑場で横倉喜三次、石原甚五郎によって斬首され..
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永倉新八墓永倉新八は松前藩出身の二番隊組長及び撃剣師範を務めた新選組隊士。数少ない新選組の生き残りとして新選組の顕彰につとめ、新撰組に好意的であった松本良順と共に東京都北区滝野川に近藤、土方の墓を建立しました。..
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勝海舟像勝海舟は幕末から明治時代初期にかけての武士(幕臣)で政治家。山岡鉄舟、高橋泥舟と共に「幕末の三舟」と呼ばれていて、墨田区区役所前に、今日の東京の発展の基礎を作った海舟の像が建てられています。
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池上本門寺東京都大田区池上にある日蓮宗の大本山で、日蓮聖人入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつ、七大本山のひとつにも挙げられています。元は池上宗仲の館で、上人が生涯最後の20数日間を過ごしたところです。..
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駅伝発祥の碑我が国最初の駅伝は、奠都50周年記念大博覧会「東海道駅伝徒歩競走」として、大正6年(1917年)4月27日~29日の3日間にわたり開催され、京都三条大橋をスタート地点、上野不忍池をゴールとして行われた..
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湯島天満宮社伝によれば、雄略天皇2年1月、雄略天皇の勅命により天之手力雄命を祀る神社として創建されたと伝えられていて、南北朝時代の正平10年(1355年)に、住民の請願により菅原道真を勧請して合祀したとのことで..
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国学発祥の地国学は伏見稲荷大社神職であった荷田春満により江戸で始められた学問。荷田春満に最初に入門したのが神田明神神主家の芝崎好高であり、邸宅を講義の場として提供するなど国学の普及・発展につとめたとのことです。
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神田明神東京都千代田区外神田二丁目に鎮座する神社で正式名称は「神田神社」。嘉元年間(14世紀初頭)に疫病が流行し、これが平将門の祟りであるとして供養が行われ、延慶2年(1309年)に当社の相殿神とされたとのこ..