記事「歴史」 の 検索結果 41116 件
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奥州・蝦夷の歴史は“米の文化・中央の権力”とどう向き合ったか1:稲作伝来が生んだ日本文化の基層前回の記事の続きになるが、平安時代前期の9世紀には、平安京の朝廷は蝦夷に対する直接の軍事活動を取りやめることになり、朝廷の蝦夷に対する支配領域の拡大は現在の岩手県・秋田県のそれぞれ中部付近を北限として..
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蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?3:坂上田村麻呂の東北経略と平安京の怨霊信仰大和と蝦夷の激戦地帯となったのは現岩手県の胆沢(いざわ)の周辺であり、780年(宝亀11年)に俘囚の伊治呰麻呂(いじのあざまろ)が反乱を起こして、陸奥按察使(むつあぜち)の紀広純(きのひろずみ)を殺害..
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蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?2:まつろわぬ者の蝦夷・アイヌと帰属意識統一的な近代国家の要件を備えた日本が明治期に成立するまでは、日本及び日本人の範囲は『天皇家・大和朝廷(平安京)にまつろう者(従う者)の集団勢力』によって規定されており、蝦夷・毛人(えみし)とは端的には..
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蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?1:中国の華夷秩序の影響と大和朝廷日本人は戦時中には“大和人(大和民族)”と自称する事が多く、男性社会を支える良妻賢母を育成しようとする女性教育では三従の“大和撫子”が理想とされた。日本が当時最先端の造船軍事技術を集積させた切り札の戦..
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“戦いに対する反応”と“自分の負け・下位”を認める服従ディスプレイ:身分の上下から敬意の表現へ武器(凶器)を用いた戦闘では、どちらかが鈍器・刃物や銃器によって死亡するリスクがあり、それは即ち自分もしくは相手が重犯罪者として検挙・処罰されることにつながるので、争いで武器を持ち出す人は殆どいない。..
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人間社会の“原始的な暴力”と“制度的な仕組み”による秩序形成2:現代のメリトクラシーと戦いの物語前回の記事の続きになるが、近代社会では『学歴・職業・所得・資産・地位』などに、自分の能力や努力、事績が反映されやすいという『機会の平等に基づくメリトクラシー(能力主義)』の前提が置かれている。学歴や職..
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人間社会の“原始的な暴力”と“制度的な仕組み”による秩序形成1:個人と国家の強制力とその制御人間社会の“秩序形成原理”は、時代の進展と共に暴力や権力、宗教から離れて平和的(経済的・合理的)なものになってきたが、S.フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』にあるように、原始的な上下関係のある集団秩..
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S.フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』の論考と社会契約による権力2:共同体の利益と帰属意識暴力を禁圧する文明社会・法治国家の『本質論』としては、人並み外れて腕力が強かったり威圧感があったりする無頼な個人(集団)から本気で暴力を振るわれれば、大半の個人はそれに対抗することができないので、政治..
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S.フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』の論考と第一次世界大戦の経験1:個人-共同体の暴力精神分析の創始者であるジークムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856-1939)は、相対性理論で知られる物理学者アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879..
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ITやインターネットが促進する“現代のグローバリゼーション”と人類の歩んできた歴史過程トーマス・フリードマンは『フラット化する世界 経済の大転換と人間の未来』でインターネットと情報端末の普及で情報化社会が整備されることにより、生まれた国や地域とは関係なく『個人が平等な競争をする労働市場..
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五木寛之『21世紀仏教への旅 中国編』の書評:頓悟禅の六祖・慧能と曹洞宗の道元が伝えた禅宗の教え日本仏教の禅宗の歴史は平安後期に始まるとも言われるが、鎌倉時代の栄西(1141-1215)の臨済宗と道元(1200-1253)の曹洞宗が一般にはよく知られている。本書は五木寛之が中国の禅宗の事績やエピ..
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自力救済の中世社会における“無縁”と“暴力”:近代国家の中央集権的統治とヤクザの民間暴力前回の記事の続きになるが、武士団と中世寺社勢力は『暴力(軍事)による威圧・実力行使』によって、自力救済の社会に最も良く適応した集団である。『国家(法律・制度)』と『社会(現実の生活)』とのギャップが大..