記事「独り言」 の 検索結果 143922 件
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私に向かい、老カップルが同時に微笑み返してくれた最近の女房は陶芸に凝っている。 そのこと自体はまったく問題はない。ただ、私が一緒に近くの公園に散歩に行こうと思うときには、女房はいつも家にいないのが、ちょっと辛い。 断然、散歩は一人よりも二..
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私は今、その神様からの贈り物を手にして日々を過ごしている私はこの歳になっても何にもかも打ち解けて、気軽に話ができるような友だちはできなかった。 唯一、中学時代の友だちは損得なしに気軽に話せるが、そうした友だちは常時、自分のそばにいるわけではない。 ..
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私はいつの間にか、彼女にとって迷惑千万な男になっていた私は刈谷南中学校の卒業生で、中学3年生のときのクラスは3組であった。 これまでに中学のクラス会は数多く開かれてきたが、クラスメートが社会的にも忙しくなり、クラス会の開催するにはかなり、ブランクが..
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女房が久しぶりに朝食を作ってくれた女房が午前3時から6時まで、地元のスーパー銭湯の仕事をやるようになってから、私の朝食のメニューはヨーグルトとバナナである。 そして、女房は仕事がない日には、午前6時ごろから野菜作りのためにJAか..
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「人生いろいろ」、そんな思いが押し寄せてきた私は2006年9月に大府シルバー人材センターの会員となった。 会員登録した3日後にシルバー人材センターの事務局から、JR大府駅の市営駐車場の管理人をやってほしいという連絡が入った。 就業し始..
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営業担当の28年間は【ああ面白かった】と言えるサラリーマン生活であった最近、佐藤愛子さんの『ああ面白かったと言って死にたい』というタイトルの新書を再読している。 サブタイトルは「佐藤愛子の箴言集」である。 この本は10年ほど前、地元の本屋で『ああ面白かったと言..
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畏敬の念で私の心は埋め尽くされる日本の歌謡曲の作詞家に関する本を無造作に開いて、何気なくパラパラと読んでいたら、<八十の母は神奈川県の藤沢では、藤沢小町と呼ばれていた。>という文章に出会い、ふと何のことか分からなくなってしまった。..
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その文字は、いつになく乱れていた私は今年の12月で、満77歳になる。 私の20代の頃は「連絡する」という手段は少なく、殆んど手紙・ハガキや固定電話に限られていた。 恋に芽生えたころ、切羽詰まった最後の手段として、相手の家を..
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私にとっても、9月3日は記念すべき日であった2112年の9月3日は、おなじみのネコ型ロボット、ドラえもんの誕生日だそうである。 私はもうずいぶん前から9月3日がドラえもんの誕生日だということを知っていた。 私にとっても、9月3日は記念..
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近年、若い世代の車離れが進んでいるらしい女房も私と同じように3ヶ月に1度、高血圧と糖尿の検診に国立長寿医療センターの循環器内科に出掛けて行く。9月7日はその検診日であった。 午前10時の診察だが、その前に尿や血液などの生体検査をやらな..
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その向こうに大きな窓があり、そこから名古屋の夜景が一望できた今日、本棚を整理していたら、芥川賞を受賞した鹿島田真希さんの単行本『冥土めぐり』が出てきた。 私は表紙を眺めていて、ふと思い出したことがあった。 この単行本には芥川賞受賞作の「冥土めぐり」と..
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今では、それが私のルーティーンとなっている我が家では、女房がオリンピックを大きな画面で観たいというので、女房の希望で43インチのテレビを買った。 私はどうせ買うなら、もっと大きな画面のテレビをと思ったが、女房曰く、それ以上の大きさだと従..