記事「独り言」 の 検索結果 143925 件
-
それは営業担当時代に体に沁み付いた哀しい習慣であった本棚を整理していたら、村松友視氏の初期の著作『私、プロレスの味方です』シリーズやプロレスに関するノンフィクションが何冊も出てきた。 だが、直木賞作家なのに小説本は1冊もない。そして、最後に村松氏..
-
私は思いがけなく出てきたカレンダーの風景画をしばらく眺めていた最近、自分の部屋の本を片づけ出した。 片付けをし出したのは、同じ公園で働く女性メンバーから、2009年に発刊された夏川草介氏の「神様のカルテ」を貸してほしいと言われ、その女性メンバーのために捜し..
-
齢を取ると、馴染んできた物に対する愛着はなかなか捨てきれないようである私は中日新聞を定期購読している。 中日新聞の定期購読者は、中日新聞のWEBサイトの会員に無料登録ができる。 すると、中日新聞の電子版だけでなく、同じ系列の東京新聞と東京中日スポーツの電子版に..
-
いつになったら、この願いは叶うのであろうか私は中学生の頃から、JR名古屋駅周辺には縁が深かった。 2010年の8月、名古屋駅の北側に隣接する形で立っている名古屋ターミナルビルの建て替え計画が明らかにされ、それに伴い松坂屋が閉店された。続..
-
それは私の器はその程度だったという証しでもある私は23歳から25歳まで正式社員とはならず、アルバイトという身分で、客先に3トントラックで自ら納品しながら、営業活動もやっていた。 そのときの私の口癖は、今の自分の姿は仮の姿で、いずれ今の仕事を..
-
私は少々照れながら、「ポーズかもな」と心の中で呟いていた私たち夫婦は、結婚してから今年で47年目を迎える。そのうち32年間は共働きであった。 従って、その32年間は仕事が忙しいこともあって、結婚記念日やお互いの誕生日にはこれと言った贈り物はせずに、そ..
-
私はどこまでいっても、平凡な男の域を出ないようである私が住んでいる大府市には4年制大学が2校ある。 1校は至学館大学で、もう1つは人間環境大学である。人間環境大学はJR大府駅の西口から、徒歩10分で行けるが、至学館大学はJR大府駅の東口から車で1..
-
私は2人のスマホでのやり取りをじっと聞いていた今から、2年ほど前になるだろうか。 女房が囁くような声で「ちょっとお父さんに連れて行ってもらいたいところがあるんだけど」と言ってきたことがある。 さらに「はっきりと場所が分からないので、捜し..
-
だから、私はいつまで経っても優柔不断な生き方しかできないのかも知れない昨日のブログで、私は柴田翔氏の小説『されど われらが日々——』の一部を引用した。 途端に懐かしさが押し寄せてきた。 この小説の単行本が上梓されたのは1964年、私が大学3年生で20歳のときで..
-
心の切り替えが幸せ捜しの特効薬なのかも知れない私は昨日のブログで、会社をRetire後にハローワークの職業訓練の一環で、名古屋にある外国語学校I.C.NAGOYAで3ヶ月間にわたり、ビジネス英語を学んだことを書き込んだ。 さらに昼の休憩タイ..
-
今でも絆は断ち切りがたく、私を含めた12名がFACEBOOKで繋がっている私は、厚生年金が満額支給される満62歳の誕生日の2005年12月5日に会社をRetireした。 中途半端な時期の退社であったが、私の希望で会社との1年毎の契約の条件の中に、いつ辞めてもいいという..
-
母親がカレーライスを作ってくれたのは、年に4、5回ほどであった私の38年間のサラリーマン時代の後半20年間の勤務先は、半田市の工場であった。 ウィークデイはほとんど午後8時前後まで仕事をしており、看護師をしていた女房の勤務シフトが準夜勤のときは、大府市の自..