記事「生命」 の 検索結果 1096 件
-
部派分裂インドの仏教とは、各地域ごとに、それぞれ特色ある教団を形成していたことは、歴史的にも明らかになっている。それは、対機説法(衆生の機根に対応して法を説くこと)という釈尊の生前のさまざまな法の説き方から..
-
教条・戒律の枠にははめない釈尊滅後百年の教団が、そのような戒律主義に陥ったのは、一つには僧侶の特権意識もあったのではないだろうか。自分たちは大衆とは違って特別な修行をしているといった意識が、戒律をいよいよ煩雑にしていった一面..
-
仏典結集の重要なポイントアーナンダにしても、ウパーリにしても、単に記憶が優れていたというだけではない。釈尊の教説が、そのまま二人の体内に血肉化していたのではないか。真剣な求道心をもって、一言一句を全身で受け止めていけば、そ..
-
絶対者の存在はあるのか「法に依って人に依らざれ」 仏法の求めるものは、他者の依存でもなければ、他者からの救済を待ちうけることでもない。己れ自身に、曇りなき鏡をを確立し、それを、一切の伴侶として進んでいくところにある。..
-
教団を支えた二人の死杖とも柱とも頼む愛弟子に先立たれた釈尊の心中は、察するにあまりあるが、さりとて、それで動揺し落胆してしまう釈尊ではない。その悲しみを乗り越えて、さらに教団の転換と発展のために、晩年の生涯を全力で傾け..
-
冥伏し、克服し、呼びさます歴史的実在のデーヴァダッタは、ついに叛逆者で終わったわけであるが、振り替えて省察してみるならば、われわれ自身の生命にも、デーヴァダッタの生命が含まれている。すぐ名利と野心に心が動き、理性と自制心を失..
-
人間としての生き方を示した釈尊のカーストに対する態度は・・・。 それは釈尊が不徹底であったというより宗教者の立場からいえば、法を遺すことに力点をおいていたともいえるのではないだろうか。というのは、釈尊は、いわゆる社会運動..
-
ベルクソンの生気説生気説といってもいろいろあるが、そのなかで非情に異なった傾向をもつものを区別することができる。・・・《形而上学的生気説》と《科学的生気説》。 形而上学的生気説のもっとも著名な推進者はおそらくベル..
-
それぞれの個性、特質を発揮する釈尊は、このマハーカーシャバのエピソードにもみられるように、また十大弟子という、それぞれに異なった個性と力量を発揮する多様な弟子がいたという事実が示すように、どのようなタイプの人間も、その個性と特質..
-
「縁起」の本来の意義「縁起の理法」とは、ひと口にいえば「縁によって生ずる」ということで、森羅万象――仏法ではこれを、森羅三千とも、諸法とも万法ともいうわけだが――は、ことごとくなにかの機縁によって生じ、滅している。それ..
-
不断の連続を、思い出したにちがいない要するに、その文は、釈尊が自らの生命の三世を通観したことを示している。人間の生命は、けっして現世だけのものではない。それをバラモンなどでは輪廻転生という形で説いてきたわけだが、釈尊はこの夜、はっきり..
-
円融の三諦現代の支配的な思想、哲学としてあげられるものは、唯心主義、唯物主義、実存主義であろう。 ごく概略的に、これらの思想、哲学と、仏法で説く空仮中の三諦の原理とを比較相対してみるならば、唯心主義は、空..