記事「生命」 の 検索結果 1096 件
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舎利弗舎利弗を空、仮、中の三諦に立て分け、またその漢語訳の「身子」を色心の二法に見ていくということと、釈尊の十大弟子の一人である舎利弗との関係を考えてみよう。たしかに、舎利弗という名の人は実在していたに違..
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仏教上の経とは経とは、仏典の経文のことだと、世人は思っている。しかるに仏教上の経とは、決してそれだけを意味するものではない。宇宙の森羅万象の語言、動作、ことごとく経である。賢哲の言動も経であれば、一凡愚のさけびも..
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完全な人間ユイグ:こうして、人間について引きだそうとしている概念がこの私たちの対話を通して、明確になってきたわけですが、必要なことは、完全な人間、全体的な人間をめざすことです。それを私は、歴史的な意味においてで..
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境智冥合舎利弗が法華経の説法を聞いて、いったい何を悟ったのか、それは、事の一念三千の南無妙法蓮華経を悟って成仏したのである。この妙法に合掌することが、境智冥合であり、真の合掌になるのである。ゆえに舎利弗にせ..
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真実の自由は智慧によって池田:”地獄”とは、日本語の意味は、大地の中にある牢獄ということで、いうまでもなく、牢獄とは自由のないところであるからです。仏教の教えにおいても、地獄を説明するのに、縛られ繋がれて自由がないことだとい..
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「宿業」池田:宿業は、その個体が発生したとき、すでに生命の根源にはらまれている業をいいますが、いまいったことからすると、それには、生理学的な業と心理学的な業とが含まれるということになります。 生理学的な業..
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意識とは池田:唯識論は、この”識”を焦点にすえて、生命の営みの過程をとらえ、さらに、生命の内面の領域へ解明の歩みを進めていきます。 まず、眼、耳、鼻、舌、身(皮膚)の各感覚器官のそれぞれに”識”があるとさ..
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山が険しいほどより大きな喜びが池田:自己と外界との関係において得られる喜びも、不動の強い自己が確立されれば、いっそう幅が広くなって多くなりますし、いっそう長つづきするものになります。たとえば、山に登ることは、病気で体力のない人や、..
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円融三諦の原理池田:空諦とは生命のもつ知恵の働きで、たとえば花が咲いたり、人間が話をしたりする、それぞれの行為をとおしてあらわれる存在それ自体の活力のようなものが空諦の側面です。 仮諦とは「すべての生命体は仮に..
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仏教医学の特徴池田:中国の天台大師は、病気の原因について四大の不順は最も表層的な場合にすぎず、他に五種類の場合があることを解明しています。その最も深層に原因をもつ場合が、業による病です。そこに、人間心理からさらに生..
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煩悩による心身の乱れ池田:仏教では数多くの煩悩を明かにし、この煩悩によって心身の乱れがひきおこされるとします。そして、この煩悩を生ずる原因は、業としての各人の生命の根源にはらまれたものにあるとするのです。 仏教医学の..
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原初の統一性への復帰池田:仏教が、その信仰実践の根本として教えているのは、あなたがいわれた「万物がそこから出た原初の統一性への復帰」ということにほかなりません。この”原初の統一性”を仏教は「妙法蓮華経」と説きました。そし..