記事「生命」 の 検索結果 1096 件
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生命の傾向性池田: 個々の生命には、十界のすべてがそなわっている。だから、私たちは、縁によって瞬間瞬間、十界のいずれの生命観をもいだき、どのような境涯をもあらわしうる可能性をもっている。 にもかかわらず、現実..
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死とは生命の大海と一体になる生命は死によって無に帰するのではなく、個体から、さらに広大な地球、宇宙へと合流していくと考えるべきでしょう。その様相は、次のようなたとえから思索すれば、やや明瞭になるのではないかと思う。 本..
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医学では死をどのようにとらえているのか川田:私自身医学を学んでいますが、じつは、そのところが、私も疑問なのです。医者が死を知らないというと、不思議に思う人もいるでしょうが、どの医学書をひもといてみても、死を定義した個所はないのです。..
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人類誕生の条件宇宙のいずこにおいても、生きとし生けるものの生死流転の底に、宇宙本源の生命が息づいているかぎり、その生命にふれるところには、宗教的心情の胎動があり、偉大なる進化の飛躍がうながされているはずです。地球..
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宇宙生命の内在力少なくとも、生物形成の素材というか、原料があり、生命発生をうながすにたりる条件がそなわっているところでは、それは宇宙内在の生命への傾向力による、というふうにいうことはできるでしょう。 しかし..
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一念の心仏法で「一念の心」というと、瞬間、瞬間の生命とも考えられるが、実は生命それ自体ということなのです。つまり、私たちの生命全体像といってもよい。瞬間の胎動として顕在化する人間生命を、ただ、その現象面のみ..
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九識論 健康と人生3仏法では人間の「生」については、人間の「死」と同様にプロセスとしてとらえています。 受精・受胎によって「生命」が宿ることを示されています。仏典によっては、「中有身」が宿るとも、「識」が入胎すると..
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九識論 健康と人生2九識論には、動物と人間の間に差別をつける指向性はありません。仏法では、人間の「死」を、意識のある「第三段階」、無意識ではあるが、外界に反応する「第二段階」、そして深い昏睡におちいり、すでに外界との対..
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九識論 健康と人生1博士があげられた「生命の三段階」に関すると思われる、仏法の法理をあげたいと思います。 いわば仏法の認識論からの生命の本質へのアプローチです。 まず、眼・耳・鼻・舌・身(皮膚)という五つの感覚..
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九識論 第九識阿頼耶識よりもさらに深い生命の深層に示されたのが、第九識である阿摩羅識。「阿摩羅」とは、「汚れがない」という意味であり、第九識は根本清浄識、無垢識ともいわれる。要するに生命の根底に存在する清らかな領..
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九識論 第八識第八識は阿頼耶識という。「阿頼耶」とは、サンスクリットの「アーラヤ」の音写。元来はものをたくわえる蔵という意味。永遠の過去以来の一切の行為(業)の潜在的影響力が刻まれ、たくわえられる生命の領域であり..
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九識論 七識第七識は末那識とよばれる。「末那」とはサンスクリッドの「マナス」の音写で、「常に考え続ける」という意味。第六識の意識も思考する働きだが、意識の場合は五官を通して入ってくる情報を判断する働きであるのに..