記事「生命」 の 検索結果 1096 件
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九識論 「五識」「六識」九識の「識」とは、外界を認識する生命の働きのこと。 はじめの五識は、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識といって、眼・耳・鼻・舌・皮膚という五つの感覚器官の働きによる認識作用。 そして、第六識の意識..
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「眷属」 生まれてくる子供は親を選ぶ仏法では、「眷属」が説かれており、親子や一族、親族といったものは、この「眷属」の一つの範疇ととらえる。 人間の似たような親と子といっても、それぞれがが一個の独立した存在であることも間違いない。そ..
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九識論 (私の仏教観)池田:世親は・・・識の根本にある「アーラヤ(阿頼耶=蔵)識」なる概念を導き出したわけです。これは、アビダルマ仏教の段階において、識を眼・耳・鼻・舌・身・意の六識に分けていたのですが、大乗にいたって第..
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九識 東洋学術大乗仏教の系統――中国の天台大師や日本の日蓮大聖人は、個別生命の根本流である「阿頼耶識」をも包括しゆく「宇宙生命」を「第九識」とし、「根本清浄識」と表現しております。 「宇宙生命」としての「仏性..
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九識 御義口伝天台宗、華厳宗等では識を九つ立て、第九識をもって如来蔵識、清浄識といい、これを心王といいう。 識とは心が内外の対境に対して、これは何、彼は何と、その異同を知る作用をいい、眼、耳、鼻、舌、身、意のお..
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「九識」 法を軸として無限の広がりと深さ「五識」とは。人間の「心」というものの働きを、ひとつには「目」「耳」「鼻」「舌」「身」という五感にともなうものであると、説いているわけです。「五識」の「識」とは、「境に対して(略)了了別知することを..
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「識」-心の主体仏教では、一切のものの存在の基盤を、外界ではなく、自らの「心」におく。この「心の主体」が「識」である。 識は、単に外界に向かう自我意識をさすのではない。識は、対境を認識する自我意識、即ち六識の奥..
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地球民族主義登壇した代表の話のなかで、ひときわ大きな感動を呼んだのは、アフリカ代表のケニアのメンバーのあいさつであった。 「現在、アフリカは旱魃、食糧問題等、数多くの難題をかかえております。しかも、どの問題一..
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確信をもって新事態に対処するわれわれはただ未来が、原則として、未知数のものであり、予知できないものをはらんでいることを認識しなければならない。したがって、すべて過去の経験に基礎をおく、習慣や防衛、対応といった機制は、あやふやで..
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逃げるのではなくチャレンジする逃げていると、いつまでたっても食物をとれなくて、栄養失調になる。つまり、逃げれば九界の迷いだね。挑戦して、自己実現の栄養と化せば、それを十界の悟りともいえよう。私は、仏界を基調とした生命は、望んで、..
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エゴイスティックをたたきふせる飢餓感におびえた体験をもつ人は、食物をはじめとする地球生命からの恵みに、感謝の心をわきおこすこともできるのです。そこから、自己をはぐくんでくれる他の人々や社会や自然への、心の底からの慈しみの念も..
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抜苦与楽仏界を基調とした生命は、たんに苦悶をもたらす「縁」を受けて立つだけではあるまい。常識的にいわれることだが、苦しみとか悲しみとかは、人の心の深さを増すものです。人の世の真実の苦悩を味わった者のみが..